みさとと

鮎が光り、川をくだって、山の風を聴く。江の川と美郷町、かけがえのない日々の風味絶佳

日本百景としても知られる194キロメートルの長流、江の川。美郷町のちょうど真ん中を流れているため、町内には14の色とりどりの橋がかかります。この町の暮らしは、いつでも川とともにありました。時には“江川太郎”の名前を轟かせて暴れ、自然の力を振るう。町には、忘れはしないくやしさ、かなしさの記憶もところどころに残っています。暮らしの酸いも甘いも織りなして、いつもいつも流れをとめずにそこにいる、江の川と美郷町ライフ。

江の川と「鮎」。釣り名人と老舗旅館の鮎づくし

夏の太陽が川に差し込み、その体に反射してきらきらと小さな光をよこす。天気のいい昼間にこそ拝めます。江の川の一番星、鮎。

「ほうら、いま光った!」。一番星とはいっても、無数の波のきらめきからそれを見抜くことは素人目には難しい。だけど、この人には朝飯前です。鮎釣り名人、“松浦のしんちゃん”。物心つくころには釣竿を握り(あれ、小学生の頃だったかな)、鮎釣り歴は40年。

自宅の目の前に川が流れ、そのすぐ左手には釣竿やら長靴やら釣り用ボトムスやらを装備した物置があるので、家を出れば“釣りまで2分”。仕事から帰った夕方6時過ぎには、「今日の肴を」と洒落のように魚を釣ります。5、6尾釣れれば「おれが5、カミさん1」と、釣り名人は食い気もたっぷり。釣り好きは食べるのも好きなんですねえ。とはいえ、たくさん釣れたらお裾分けするのも名人の懐。1日に150匹釣れる年もあるそうで、そんな時には、冷凍庫がぱんぱんになるほどあげちゃいます。

「夏はやっぱり鮎」ですが、うなぎも釣ります。春にはヤマメ。江の川を泳ぐ川の幸を、名人の竿さばきで釣りあげる。うなぎのなかには時々、大人の手首ほどのふといヤツもいるそうで「安い焼酎に浸して酔っ払ったところを捌く」が松浦のしんちゃん流。「鮎はね、夜8時くらいがいい。眠ったところを釣るんだよ」。これも、40年の独学。川の流れを橋の上から覗いて、釣りスポットを決める。週に2、3は釣竿をおとします。

夕方6時半の仕事終わり。猫の爪をくっつけたような針を5、6個引っ掛けて、長い釣竿を川に投げ入れてものの5分。鮎が釣れました。「鮎は買うもんじゃない、釣るもんだ」を見せてくれた、松浦のしんちゃんです。

さて、美郷町で江の川の幸と長くおつき合しているのは釣り名人だけではありません。江戸時代より、要人の休憩所として重宝された町の老舗旅館「亀遊亭(きゆうてい)」。ここの膳にも、鮎の季節には「鮎づくし」。

亀遊亭、入り口。

江の川にきらめく一番星を見かけたら、亀遊亭に行ってみよう。鮎の膳に舌鼓をうって、江の川と山を一望するのもいいかもしれません。ではここで、鮎づくしをご覧あれ。

まずはこちらの膳。どれが鮎だかわかりますか?

鮎が使われている料理は3種類。順番に見ていきましょう。 左上から、島根和牛ステーキ(しかもサーロインっ!)。お隣には鮎を使った料理、「背越し揚げ」。背越しとは、鮎を食べやすいように頭・ひれ・はらわたを取り、中骨のあるままぶつ切りにした状態のことで、亀遊亭ではさっぱり南蛮風味。

その右に山葵漬、お膳の真ん中に胡麻豆腐を挟み、左下には卵黄を味噌に漬けた琥珀(こはく)玉子(鮎料理に引けを取らない人気だそう)。

そして、右下の皿。まず、柚子の器には「うるか」。他処ではなかなかお目にかかれない、鮎の内臓の塩漬けです。子うるか(卵)と白うるか(白子)の二種。

柚餅子(ゆべし)・揚手長海老・秋刀魚大葉揚・煮栄螺が並び、最後に「稚鮎甘露煮」。頭から丸ごとバクっといくのがよいですね。

お次は、透明感が美しい鮎のお造り。江の川で採れた新鮮な状態だからこそ提供できる一品です。
鮎の田楽。鮎を田楽に!?と驚くかもしれませんが、食べたらわかる相性の良さ。

最後に、琥珀色に輝くは鮎飯。今回は亀遊亭、林朋宏さんに鮎をほぐしてもらい、よそっていただきます。

海老と湯葉、紅葉麩、桔梗南瓜に三葉と色とりどりのお椀物。鮎飯の付け合わせに胡瓜糠漬・生姜甘酢漬がちょうどいい。最後に、蕎麦(割子蕎麦)とデザートのメロン。

そして最後の最後は、山と川を一望できる窓のもとで憩うもよし、庭に出て散歩で腹ごなしをするもよし。贅沢な余韻の時間で〆ましょう。

江の川の真ん中で。水の音、風の音を聴くカヌー

とまあ、江の川といえば鮎だけど、鮎だけじゃありません。山を視界の両脇に、ずっと先まで続いていく川を、ひたすら漕いでいくのもおすすめです。「カヌーの里おおち」という施設があるので、カヌーを持っていなくても大丈夫。カヌーに必要な一式を貸してくれます。

江の川で毎日カヌーをしたくて美郷町に移り住んできた、という人もいます。イルカかシャチを思わせるしなやかな動きでスイ〜っと川をいく人がいたらそれはきっと、河井俊彦さんその人。江の川にはいろんな名人がいるようですね。

川が穏やかなので、風にのればすすんでいけます。川の流れの真ん中で、ただプカプカ浮いているのも気持ちがいいです。自然の中にポツンと居てみると、聴こえるのは水の音と、山の風の音だけ。

最後に、江の川といえばこの存在を忘れてはいけません。川の流れとともに走っていた、三江線。廃線になったのは2018年のことで、町はその跡地である駅をゆずりうけました。川のそばで、山の奥までずっと続いていくレールをどう活用していこうかと、これからの相談を広げています。三江線は過去のものではなく、やっぱり明日に続いていくもの。線路の行き先は、未来。そんなふうに思えるのも、きっと美郷町だから。

■亀遊亭
店名:亀遊亭
住所:島根県邑智郡美郷町粕渕340
電話番号:0855-75-1245
定休日:不定休
駐車場あり

■カヌーの里おおち
住所:島根県邑智郡美郷町亀村54-1
電話番号:0855-75-1860
営業時間:9:00~16:00
定休日:火曜日
駐車場あり

Photos by Kenta Nakamura
Text by Sako Hirano (HEAPS)

本記事の一部には、事実関係においての解釈の相違、またその検証が難しい内容が含まれる場合があります。何卒ご了承ください。