「100歳まで楽しい農作業」と「10年続く元祖サロン」人が集まり続ける、お母ちゃんたちのちいさな畑のヒミツ
廃線になった三江線の線路の脇に、やたらと人の集まる場所があります。毎週全国から、訪ね人がズラリ。「よう、いらっしゃいました!」、元気なお母ちゃんたちもズラリ。人をたくさん呼び寄せる美郷町のちいさな畑。一度は(いや、何度でも)、来たくなるヒミツがあるんです。
毎週水曜日、朝7時半。お母ちゃんたちの市場
「はいはい、おはようございます!コーヒー?お茶?」「ほら、好きなものとりんさいや!今日は煮しめの達人のがあるよ!」。朝7時半。ぼんやり眠い頭がハツラツの声とテーブルいっぱいのご馳走—かきあげ天ぷら、炊き込みご飯のおにぎり、ピンクとブルーの果物入りゼリー、ロールパン、ピザ—に心地よく叩き起こされます。
美郷町の乙原の道沿いにポツリとある市場が「青空サロン」。毎週水曜日の朝7時半にひらかれる朝の市場であり、集いの場。ひらいているのはお母ちゃんたち。この元気な声は、12年間とだえたことがありません。
みんなきれいに身支度していて、なんだか早起きの花が勢揃い。「私はね、ここのすぐ近所だから朝一に来てるの。早く来て番しとかな、サルがとるから!」サル?「この間は、クマがおったらしいよお!」クマ!
7時半を15分も過ぎれば、もうざっと30人くらい。めいめいが寄せられた朝ごはんを食べたりおしゃべりをしたり。4つの集落が当番を持ち、手作りの品を持ち寄って振る舞う。漬物名人、野菜名人、パン名人、和菓子名人といろんな名手がいるようで「おいしいものばーっかりでしょ」。初めて見る方でも、誰でもいらっしゃい!フラリと寄った駐在さんやお巡りさんの姿も。「弁当箱持ってきたら、詰めてあげるからね!」。ここは、町の情報がぎゅっと集まる場所でもあります。
離れがたい“ご馳走エリア”の隣も賑わっているので見にいくと、野菜が売っている。袋いっぱいのきゅうり、100円。ナス、100円。にんにく、100円。…100円ばっかりだけど、ほんとにいいんですか?
「いいのいいの。もうけを見込んでないの。出荷した人の野菜の種代と、ここのサロンの小さな足しになればいいんだから」。売っていた野菜の多くは、少し離れた敷地でこれもおばちゃんたちがやっている「青空畑」で作っているそう。そしてこの畑にこそ、毎週、全国から人が集まってきているんです。
あれ、なんだか小さい?身長150センチで、脚立いらず
青空サロン市場から車で数分、青空畑に到着。ぱっと見はただ「畑だ」だけど、よーく見てみると何かが違う。なんか、すごく小さい。あ、すべての木がすごく低いんだ。よいしょと腕を伸ばせば、肩も組めるくらいの高さ。木になっている柑橘の実も「目の前にある」。
「ここはね、100歳でも楽しくやれる畑。脚立にのぼらなくても、腰曲がったって楽しく畑仕事ができるとこ!」。聞けばなるほど、いろんな工夫があります。カキ、キウイ、ハッサク、ぜんぶ“ミニ”がつけられる風体の果樹たちは、もともとは6メートルほどあった木を一度バッサリ切って誘引したもの。「ちょっと高いところでもほら、こうやって枝を掴んで引っ張って下ろせば、どこにでも届くでしょ」。
作物と作物の間。なんだかやけに広い。「車椅子になったって、おっけーでしょ。電動車椅子でもスーイスイ!」と“将来”を見込んだ作りに。作物を育てる生産スペースと、作業をする作業スペースをそれぞれしっかりとってわけることで、脚立はいらず移動も楽で「動きやすい・働きやすい」。一見スペースを無駄にしているようでも、作業効率をあげる作りになっています。
いろんな人がこの畑を見にやってくる。隣町から他県から、おばちゃんたちやら議員さんやら。「金もかけんと、鳥獣被害対策を自分たちでやってしもてる、“おばちゃんらの畑”や。柵も拾ってきたもんで作ったようなみすぼらしさやろ。それでも、獣害対策できてしまうんか、ゆうて」。井上雅央先生(せんせい、と呼ぶと罰金ですが、ここでは許して)、鳥獣害の研究の第一線にいた人で、おばちゃんたちに畑の指導をしてきたその人です。
100歳まで楽しめる畑、とは「100歳まで、イノシシやサルがいるこの町で、楽しく農作業ができる畑」のこと。それを10年以上、自分たちで実践してきた小さな畑が、青空畑なのです。
さきほどの低木にした果樹も、小さくすることでもう一つ利点がありました。それは「すべてに手が届くので、ちゃんと消毒してケアして、なった実はぜんぶ採り切る。そうすることで、木の下に実が落ちないからイノシシやサルが来んようになる」。だから、作る量は自分たちが手入れをできて採れる範囲で。
畑の作物の配置も、対策の一つ。「柵側には、とんがらしやシソ、こんにゃくを作る。サルが手突っ込んで伸ばしても、届くのは嫌いなものだけ。好きなものには手が届かへん。内側には、私らが育てたい作物、かぼちゃとかさつまいもを作る」。
“フェイルセーフ”の作りもしっかり。特にさつまいもの工夫がおもしろい。竹やぶで切った竹を畑に敷きつめて間に芋をさしていく。芋が実るのは竹の下。つまり、もしも柵を突破されてサルが入ってきても、竹の下から芋をとることができないので、芋にはありつけない。「最初は、こんなんで抑えたら芋ができんだろうと思ったけど、頃合いのええ、おいしい芋ができるんです」。さらに、この“竹農法”によって、ツル返しの手間も省け、土を踏み固めないために収穫も楽チン。鳥獣害対策には、お金も頑丈な柵もいらない。自分たちができることをちゃんとやって、自分たちが楽しい畑を続けていけば、「ちゃんと減る。そりゃ一切来んくなることはないけど、どうしたらいいかもわかるし、次に繋がるしなあ」。
「ここのおばちゃんらでできるんなら、自分たちだって!」と、この青空畑をモデルに全国で獣害対策の成功例が後続。その話を聞きつけて視察や取材がどんどん来る。「外の人らが、ここがやってたことは正しいって証明してくれとる。そら、おばさんら張り合いでるわ。何が変わったって、みんないろんな人が来るゆうてしっかり化粧もするし、きれいになったな」と、“まさ姉”の愛称で親しまれる井上先生。
いつやめてもええ。失敗してもええから、とりあえずやってみよ!
「最初はね、私らが子どもを一人前にして、ちょうど一仕事終えたなあいう頃に、『少子高齢化、限界集落』なんていわれるようになって。いやあな言葉ですよ。これはいけん、なんかしたいなあってときに、鳥獣害対策してみんか、って」。婦人会の代表、安田兼子さんが畑をはじめた当時を振り返ります。
「うーん、それは男らがやる仕事だなあと一瞬思ったけど。一度話を聞いてみたら、もっと勉強したいと思うようになって」。2006年に、鳥獣害対策を実践する畑として、青空畑を発足。「1年目は、枝豆とさつまいもをサルにぜーんぶやられた!」。2年目になって、イノシシやサルの被害もだんだんと減って、おいしい野菜が採れるようになった。
「そうすると、今度はみんな市場をやりたいゆうて。青空畑でおいしい野菜が採れたし、そのやり方を自分の家の畑でも実践したら、そこでもいいのができた。これは出したいって。そこではじめたのが青空サロン市場です」。
女が一生懸命動いてたら、男も動かなきゃいけんくなるわなあ、と青空サロンは「お父ちゃんたちが山から木を切って、建ててくれた」という話も。3年続けばいいと思ったし、失敗して続かなければ次のことを考えればいい。「いつやめてもええけえ、ゆうとるの。まずはやってみようやと」。4年たつと「なんだかいろんな人が来よるなあ、マイクロバスまで来とるなあ。わしもこういうの作ってるから、出していいかい」。トライアンドエラーの姿勢で、お母ちゃんたちはどんどん新しいことに挑戦していきます。「わたしら、歳も歳だし“待ったなし”!みんなといい町で暮らしたいから、そらいろんなことやりますよ」
青空畑から数年して2009年、今度は革のクラフト製品を作る「青空クラフト」も発足。イノシシの精肉も軌道に乗りだしたなかで「イノシシの皮、勿体ないけえなんかしようやあ」。90年代後半まで縫製工場が盛んだったため、“針名人”も多くいるとくれば「教えあってなんか作ろうやって。そこから、イノシシのなめし革でのクラフトがはじまったんです」。新作もどんどん試す。いまでは、電子タバコケースなんてのもあります。
朝、青空サロンに集まって、一度帰宅してお弁当を作り、青空クラフトへ。作業をして、みんなでお弁当を食べて、午後3時までは黙々とチクチク。あ、黙々ではないですね、絶え間ないおしゃべりがここの明るい作業音。「それからな、午後3時に終わってからのお茶。これがまーた長いの!」
朝8時半くらいになると、青空サロン市場の、いつもの終わりの合図。「みなさーん!今日もお野菜、完売しました!それでは本日も、お手を拝借」。いつやめてもええけえ、ゆうとる。「よーお!」。でもなあ、みいんないつまでたってもやめんのよ。「パン!」。なんでかって、そらあんた、単純に楽しいからやろな。
それを繰り返していたら、いつのまにか10年を過ぎて。数え切れない今日までの一本締めは、毎週のはじまりの合図。手作りの惣菜と野菜と一緒で、混じりっ気なし。作りっ気もなしのくしゃくしゃのお母ちゃんたちの笑顔に、心の底から惚れちゃった。
■青空サロン市場
開催日:毎週水曜日7:30〜
開催場所:〒699-4626 島根県邑智郡美郷町乙原付近
■青空畑
〒699-4626 島根県邑智郡美郷町乙原395
■青空クラフト
〒699-4626 島根県邑智郡美郷町乙原59-4(乙原集会所)