木を切って仕事と居場所もつくった
ゼロからの“特殊ライフ”開拓者

神内 太良さん

きたろう

センスは好きなことにしか出てこない。
中途半端じゃなければ、信頼は一度築いたら崩れない。“本気でやる”っていうのは、そういういろんなものが一つになって大きくなってから。

とあるお宅の屋根に迫る18メートルの木を、またある時は住宅街にある820キロ超えの木を、またある時は神社の28メートルのご神木を単独で伐採。神社仏閣や山の斜面にはえる高木や巨木の老齢木、住宅街や民家にある支障木*の伐採を専門とする特殊伐採を10年やってきた神内太良(じんないたろう)さん。自身のあだ名にちなんだ事業所「きたろう」を構え、伐採から草刈り・剪定、竹林整備など、町の困りごとを解決しています。

*支障木 私有地や公園などの木で、敷地の境界を越えて支障をあたえている木のこと。

住宅裏などクレーンやユンボの入れない場所での実務で、巧みな木登りのロープワークとチェーンソーワークが求められる、危険度の高い仕事です。神内さんはこの特殊伐採において、島根県の先駆者の一人。いまでこそ「『美郷町の木切ってる人』で町の半分の人は知ってくれていると思います」と言う神内さんですが、生まれ育ちは関西で、20年前に移住してきました(2023年6月で丸20年!)。

20代の頃に建築事務所勤務を経て林業をするため、特に助成金が充実していた島根県を目指し、美郷町へ。当時は業界の人以外はほとんどその実情を知らない世界に飛び込み、造林と林産いずれも経験しながら、特殊伐採という仕事に出会います。当時はほとんど未開の仕事だった特殊伐採。長野に先駆者が一人いるもののまだ講習会もなく、ましてやYouTubeなどの動画共有プラットフォームもない頃。ビルメンテナンスの会社が高所でのロープワークを活かした伐採をしているくらいで、10年前に神内さんが特殊伐採をはじめたときも、まだ県内で50人しかいないというブルーオーシャン。自分がいるエリアで特殊伐採をはじめたら「顧客開拓も値づけも全部、ゼロから自分でスタートできる」というビジネスチャンスに確信をもちます。一方で、一度は他県から仕事の声を掛けられたものの「この地域で支障木に困っている人たちが居て、それらを自分が切らないと」との思いも。移住したから時間をかけて増えていった顔馴染みのために、まずは美郷町とその周辺で自分の仕事を一からやってきました。

特殊伐採は、生活圏内における“1割のリスク”を潰していく仕事。神内さんが信頼される所以は、腕そのものももちろんそうですが。お客さんである町の人に対して、木、いや竹を割ったような神内さんだからできちゃう、真正面からの向き合いかた。たとえば、自宅脇のいずれ倒れるかもしれない木の伐採の相談がきたとき。「お金もかかりますから、必要かどうかをまず考えます。それで『おばあちゃんの寿命と木が倒れてくるのどっちが早いかを考えると、切る必要はないよ。怖かったら(木が倒れても被害のないよう)寝る場所を変えよう。一応ロープで張っておいて、これがピンとなったら電話して』って伝えて」。切る、を前提にするのではなく、その人の生活におけるベストな“木との折り合い”を考え、一人ひとりに現実的なアンサーをだしていきます。

異常気象も要因となって特殊伐採の需要がさらに増す近年。それでも「ビジネスチャンスだけでもダメ、かといって思いや大義だけでもダメ。そういうのが一つになってはじめて本当の意味で“自分にしかできないこと”がある、ゼロからスタートできることがある。そういう手応えでやってきました」。

自分にできることがあって初めて「生きいきできる」と神内さん。移住した地域で人と関係を築き「今日、木、切れます」という一式の道具を身に備えて、自分の仕事をゼロからつくってきました。

「ここからはこの町に還元するところまでやりたい」。最近は町内の声に応えて蜂の巣駆除もはじめたそう。「僕がしっかり立っていれば、家族は頼れるし、笑顔でいられる。僕を支えにしてくれる周りの人たちもきっとそう。ゴールとかではなく、還元をし続けられるかどうかです」。この町でみつけた自分の仕事に足掛け10年、まだまだチェーンソーよりもエンジン全開です。

きたろう

需要が増える一方で、日本ではまだまだ技術をもった専門家の少ない特殊伐採。大きな企業では難しい “機動力” と “親身な提案” を信条に、島根でも指折りの経験を重ねてきました。身近な木の心配事は『きたろう』へ。

所在地:島根県邑智郡美郷町別府450-14
TEL:090-4293-1584
HP:https://ki-taro.jimdosite.com/

Text by Sako Hirano (HEAPS)

本記事は2023年10月の取材に基づいて構成したものです。